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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)11267号 判決

原告

瀬川勝

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

上原康夫

中島光孝

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

一谷好文

足立英幸

渡邊伸司

九埜彰

上田千昭

黒田正満

松村康生

野原孝弘

田中健

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五二万六五一二円及び内金五〇万円に対する平成六年九月五日から、内金一万三〇七二円に対する同月一七日から、内金一八四円に対する同年一〇月八日から、内金一万三二五六円に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、吹田千里郵便局(以下「吹田千里局」という。)第二集配課に所属し、郵便物の集配業務に従事している原告が、時季指定して年次有給休暇を請求したところ、時季変更権を行使されたが、右指定日に出勤しなかったことから、訓告処分及び賃金カットを受けたことに対し、右時季変更権の行使は違法・無効であるとして、被告に対し、右未払賃金及び労基法一一四条に基づき、同未払賃金額相当の付加金並びに国賠法一条に基づき、損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、郵政事務官として、被告が設置する大阪府吹田市所在の吹田千里局第二集配課に所属し、郵便物の集配業務に従事している。原告は、従前全逓信労働組合に所属していたが、平成五年五月に郵政大阪労働組合が結成されてからは、同組合に加入している。

2  原告は、平成六年八月九日午前七時五五分ころ、吹田千里局第二集配課課長代理中西聡(以下「中西課長代理」という。)に対し、原告が同年度に有していた年次有給休暇日数の範囲内で、吹田千里局所定の書面をもって、同月一一日を時季指定した年次有給休暇の請求(以下「本件年休請求」という。)をしたところ、同局第二集配課長柳澤明男(以下「柳澤課長」という。)は、原告に対し、年休を同月一三日に取得するよう時季変更権を行使した(以下、この時季変更権の行使を「本件時季変更」という。)。

3  原告は、同月一一日、欠勤したところ、吹田千里局長大谷美義(以下「大谷局長」という。)は、同年九月五日、原告に対し、同年八月一日みだりに勤務を欠いたとの理由で、郵政部内職員訓告規定に基づく訓告処分(以下「本件訓告処分」という。)をした。さらに、被告は、同様の理由で、同年九月一六日に支給された同月分の賃金につき、減額八時間分として、俸給支給額から一万一八四〇円、調整手当から一二三二円の合計一万三〇七二円を減額した上、同年一〇月七日に支給された新俸給精算金につき、俸給支給額から一六八円、調整手当から一六円の合計一八四円を減額(右各減額を合わせて、以下「本件賃金カット」という。)した。

二  原告の主張

(本件年休請求から本件時季変更に至る経緯)

1(一) 郵政事業においては、各職員につき、四週間を単位としてその期間における各自の勤務の種類等及び週休日を定め、これを当該期間の一週間前までに関係職員に周知させることになっている。

これを吹田千里局第二集配課において具体的に見るに、班長がまず(証拠略)の表を作成し、これに基づいて課長代理等の管理職によって勤務指定表(〈証拠略〉)が作成される。勤務指定表においては、特定日における出勤の必要の有無と勤務時間が告知されるだけであるが、(証拠略)の表においては、「1」ないし「6」の表記をもって通常配達区の一〇一区ないし一〇六区の担当を、「日」もしくは「中」との表記をもって混合勤務(速達郵便)の日勤もしくは中勤担当というように、特定日における具体的に担当する勤務まで告知されることになっている。もっとも、(証拠略)の表及び勤務指定表が作成された後も勤務の差し繰りが行われ、その際には(証拠略)の表に訂正がされる。

(二) 原告は、本件年休請求をする際、(証拠略)の表を見ると、同年八月一一日の勤務割りは八名の出勤が予定されており、原告を含む六名が通配区を、北川が混合(速達便)の日勤を、寺片が同中勤を担当することとなっており、この勤務割りを変更する旨の記載はなかった。

(三) 原告は、同月九日午前七時五五分ころ、本件年休請求書を中西課長代理に提出した。その際、中西課長代理は、原告に対し、「日勤のやりくりで何とかなる。」旨述べたが、すぐ近くに座っていた班長大野美樹男(以下「大野班長」という。)が中西課長代理に対し、「瀬川に年休を認めたらあかんぞ。」と大声で怒鳴った。

(四) 同日午後〇時一〇分ころ、柳澤課長は、原告を課長席に呼び、年休請求の理由を言うように執拗に迫り、「わしに言ってくれたら年休を認める。」とまで申し向けてきたが、原告は、これを拒否した。さらに、原告は、同日午後一時二〇分ころ、再度柳澤課長に呼ばれ、「理由を言え。」と迫られ、拒否すると、「年休不承認」と時季変更権を行使する旨告げられた。そのいずれの際も、柳澤課長は、原告が年休を取得すると欠区が出ること、要員の差し繰りも困難であること等具体的な説明は一切しなかった。

(本件時季変更は要件を欠くこと)

2(一) 平成六年八月一一日の人員配置及び業務の状況は以下のとおりであり、何ら業務の正常な運営は妨げられなかった。

前記(証拠略)及び勤務指定表が作成された時点では八名が出勤予定となっていたが、混合(速達)の中勤に指定されていた寺片が八月三日に年休請求をしたため、混合日勤に指定されていた北川を混合中勤に担務換えをした。そして、原告が担務指定されていた通常配達区の一〇二区は一〇三区を指定されていた仲井が、一〇三区は当日非番であった大野班長が担当した。

当日の一〇班の業務は、午後三時半には終了し、滞留は出なかった。

(二) 被告は、最低配置人員について、七名を要する旨主張するが、右主張は、結局のところ、速達の配達を一〇班が担当するときは七名が必要であるというほどの意味にすぎず、速達三号便の担当をしない限り、通常配達区の区数に対応する本務者の出勤が確保されれば、事業の正常な運営を妨げるものではない。

(三) 次に、代替要員の確保についてみるに、本件当時吹田千里局第二集配課には約二〇名の非常勤職員が配置され、そのうち一〇名は各班に配属され、他の一〇名は班を超えて随時必要な班を応援する体制がとられていたから、平成六年八月一一日の要員配置を考えるに当たっても、非常勤職員の存在を当然考慮しなければならず、被告は、非常勤職員の存在をことさらに無視している。

(四) 被告は、欠区を生じることを強調するが、第一〇班はもとより他の班においても、速達担当者を含めた配達担当職員が最低配置人員を下回ることは珍しくなく、しかも、当時第一〇班には非常勤職員が三名配置されていたのであるから、業務に支障が生じる状況にはなかった。

また、職員が配達を行う場合、担当が特定の区に限定されているものではなく、午前と午後とで別の区の配達を行うこともしばしばあるなど、配達の「区」は実際には有名無実化していて、欠区が生じるということは現実にはあり得ない。

さらに、同年八月一一日は、お盆前で、平常よりも配達郵便物数は少ないことが予想されていた。

(五) したがって、非常勤職員の協力を求めれば、原告に年休を付与しても、何ら業務の正常な運営に支障をきたすことはなかったはずである。

(本件時季変更は信義に反し、権利の濫用に当たること)

3 仮に、本件時季変更にその要件が備わっているとしても、本件では以下のような事情があることから、時季変更権の行使は信義に反し、権利の濫用である。

(一) 原告が本件年休請求を中西課長代理に行った際、中西課長代理は、「何とかなる」と答え、時季変更権を行使しない旨の発言をした。

(二) 柳澤課長は、本件時季変更をなすに当たり、原告が年休を取得すると、必要最低人員を割り、事業の運営を阻害する具体的事情を原告に全く説明しなかった。

(三) しかも、柳澤課長は、原告が答えないことを知りながら、ことさら原告に年休取得の理由を明らかにするよう迫った。

(四) 柳澤課長は、本件時季変更をするに際し、非常勤職員や管理職、他班の職員による代替要員の確保の方法を全く検討しなかった。

4 以上のように、本件時季変更は、要件を欠き無効であるから、平成六年八月一一日無断で八時間の勤務を欠いたことを理由とする本件訓告処分も無効であり、本件賃金カットも根拠がない。

5 大谷局長は、原告が同日年休を有効に取得したことを知りながら、又は過失によりその認識を欠いて、違法な本件訓告処分を行い、原告に多大の精神的苦痛を与えたので、被告は、原告に対し、国賠法一条一項に基づく損害賠償義務があり、原告の精神的苦痛を金銭に評価すると、金五〇万円を下らない。

6 よって、原告は、被告に対し、〈1〉本件賃金カットに基づく未払賃金の合計一万三二五六円及び内金一万三〇七二円(平成六年九月一六日に支給されるべき分)に対する支払日の翌日である同月一七日から、内金一八四円(同年一〇月七日に支給されるべき分)に対する支払日の翌日である同月八日から、各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、〈2〉労働基準法一一四条所定の右未払賃金一万三二五六円と同額の附加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、〈3〉国賠法一条一項に基づく慰藉料金五〇万円及びこれに対する本件訓告処分が行われた日である同年九月五日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

三  被告の主張

(本件時季変更に至る経緯)

1 原告が中西課長代理に対して本件年休請求を行った際、中西課長代理は、その可否を検討したが、平成六年八月一一日ころは、職員に対する夏期特別休暇の付与等の必要があり、最低配置人員で業務運行を図らざるを得ない時期であったため、原告の請求どおり年休を付与すると、最低配置人員を欠くこととなり、また、要員の差繰りによる代替要員の確保も困難なことから、原告に対する同日の年休付与は困難と判断し、その旨の意見を添えて、柳澤課長に対し、原告の提出した年次有給休暇請求書を渡した。

2 柳澤課長は、右の意見を踏まえつつ、改めて要員差し繰りの可否を検討したが、原告に年休を与えると業務の正常な運行に支障を生じるとの判断に至ったため、同月九日午前八時三〇分ころ、原告を呼び寄せ、原告に対し、同月一一日の年休取得は要員配置上困難なので、日を変えるよう告げ、本件時季変更を行ったが、原告は、「無理ですわ」と答えただけで、これに応じようとはしなかった。

柳澤課長は、同月九日午後一時二〇分ころ、再び呼び寄せた原告に対し、同月一一日に年休を付与すると当日の原告の所属する第一〇班の配置人員が六名となり、最低必要配置人員の七名を下回って欠区を生じることとなり、業務の正常な運営に支障をきたすので、年休取得を認めることができないと説明し、再度時季変更権を行使する旨通告した。もっとも、柳澤課長は、原告が社会通念上やむを得ない事情に基づき、本件年休請求を行った可能性を考慮し、理由如何によっては、年休を付与せざるを得ないこともあり得ると考え、原告に対し、どうしても休まなければならない理由があるなら聞かせて欲しいと申し向けたが、原告は、理由を述べる必要はないなどと述べ、これに応じなかった。柳澤課長は、さらに、同月一三日なら付与できるのでこの日を年休にしたらどうかと告げたが、原告は、同月一一日に休みがいる旨述べ、右申出に応じなかった。

3 原告は、同月一一日、日2勤務(途中四五分の休憩時間を含み、午前八時から午後四時四五分まで)に指定されていたにもかかわらず、午前八時になっても出勤しなかった。そこで、柳澤課長は、電子郵便で出勤を命じたが、原告は出勤せず、同日八時間の勤務を欠いた。

大谷局長は、原告の右欠勤が職員としての服務に反するとして、本件訓告処分を行い、さらに、右欠勤に対して本件賃金カットを実施した。

(本件時季変更が適法かつ有効であること)

4 郵政事業職員の年次有給休暇の取扱については、郵政省就業規則(以下「就業規則」という。)及び郵政事業職員勤務時間、休憩、休日および休暇規程(以下「勤務時間規程」という。)があるが、就業規則八五条及び勤務時間規程六八条は、いずれも職員の請求した時季に休暇を与えると業務の正常な運営に支障を生ずる場合、所属長は時季変更権を行使できると規定している。

5 本件時季変更が行われた当時の吹田千里局の第二集配課には、第六ないし第一〇の五つの班が設置されており、各班の受持配達区数と配置人員は、第六ないし第八班がいずれも六区一一名、第九班が七区一一名、第一〇班が六区一一名であり、各班の業務運行に当たっては、班内の相互応援により班全体で業務を処理することを基本としている。そして、第二集配課の業務は、〈1〉郵便課において各配達区ごとに区分した通常郵便物の交付を受けた後、各配達区担当者がさらに細かく、配達順路に従って区分(道順組立作業)して、書留郵便物とともに配達する業務と〈2〉速達郵便物の配達及び郵便物をポストから取り集める業務(混合業務)とがある。吹田千里局の場合、郵便課からその日に配達される通常郵便物の交付を受けるのは午前八時四五分が最終であり、それ以後の分は翌日の配達とされていた。

また、郵便事業の業務は、取扱郵便物数が、日、週、月等の時期により増減するという波動性があり、その予測が著しく困難であるという特色があるが、そのため、郵政省は、毎年五月に全国的に郵便業務に携わる部門での物数調査(郵便物の数の調査)を行い、そのデータを基に、各郵便局での平常物数、配置人員及び配達区数等を算出している。吹田千里局第二集配課においても、右物数調査に基づき、平常物数、配置人員及び配達区数等が算出されており、本件当時の普通通常郵便物数の平常物数は約五万四一〇〇通であり、これらの郵便物の処理のため、課長以下五九名の職員が配置され、配達区を三一区に分けて業務の運行を行っていたものであり、平常業務については、充分に処理可能な体制になっていた。

6 そして、同月一一日の吹田千里局第二集配課第一〇班は、第一〇一ないし第一〇六区の受持配達区と、前記混合業務を担当する速達配達区一区を担当しており、第一〇班において、業務の正常な運営を図るためには、日曜日、休日等のほかは、毎日少なくとも六つの区のそれぞれを担当させるための六名と速達配達区を担当させるための一名の合計七名の職員を配置する必要があった。

さらに、吹田千里局第二集配課においては、同年八月七日から同年九月三日までの四週間を勤務指定期間とする勤務指定がなされており、同年八月一一日における第一〇班の職員数は一一名であったが、その勤務指定は、原告を含む六名が日2勤務、一名が日1勤務(途中四五分の休憩時間を含み、午前一〇時三〇分から午後七時一五分まで)、二名が非番日であり、また、この時点で既に二名が年休を付与されていた。その結果、同月一一日は、受持配達区六区を担当させるために必要な六名の職員と速達配達区を担当させるための一名の職員の合計七名の職員をようやく確保している状態であり、また、第一〇班においては、当時非常勤職員による代替要員の確保はできない状態であった。

したがって、同日の右要員配置状況に照らすと、原告に同日の年休を付与すると、当日の第一〇班の担当職員は、最低配置要員である七名を割り六名となって、欠区が生じることになり、業務の正常な運営に支障をきたすことが明らかであった。

7 また、郵便事業においては、郵便物に波動性があり、週の後半から郵便物数が増加する傾向があった。同月一一日は、木曜日であったことから、当日の吹田千里局第二集配課の要配達郵便物数(四万二八〇〇通)も平常物数に近いものが予想され、第一〇区の要配達郵便物数も、同様に平常物数程度の物数が予想され、第一〇班においては、当日の業務量に照らして、最低配置人員である七名を割っての業務は到底考えられない状況であった。

8 また、柳澤課長は、本件時期変更を行うに当たって、要員の差し繰りによる年休の付与が可能かどうかを検討したのであるが、集配業務においては、通区すなわち郵便物の配達に当たって、担当する区域内の各戸の姓名や道順、配達順序等を記憶するなど、区の実情に通じていることが必要であり、通区は相当の熟練を要する作業であるが、本件当時の右第一〇班における通区率は、一人当たり四・八区(同班所属の各職員が同班の受持区六区のうち四・八区を通区していることを意味する。)であり、職員が急遽欠務したからといって、誰でもが代行できるといった性質のものではなく、正常な業務の運営を図るためには、班内での相互の応援によらざるを得ないため、班内における人員配置の差し繰りが必要とされるのである。

そして、郵便事業においては、所属長は、各職員について、四週間を単位として、その期間における各自の勤務の種類や週休日等を定め、これを当該期間の開始日の一週間前までに関係職員に周知することになっている。欠務の発生や業務輻輳の場合、又は急速処理を要する業務のある場合で、人員の繰り合わせの必要があるときには、勤務の指定の変更ができることが定められているが、前記のとおり、当日の吹田千里局第二集配課第一〇班においては、最低配置人員をようやく確保している状況であり、したがって、本件年休請求を認めると、欠区が生じることは明らかであり、業務の正常な運営を確保しつつ、原告の請求に応じて年休を付与するためには、当日を非番日と指定している職員について、当該非番日を変更して当日の勤務に就かせるか、当該非番日に時間外労働を命じて八月一一日に勤務させるほかなかったのであるが、このような措置は、いずれにしても、同日の休みを予定している職員に対し、その直前になって勤務を命じるものであるから、病気など真にやむを得ないと判断される場合以外に認めることは困難であり、実際吹田千里局第二集配課においても、従前から、右のような場合以外には、職員に年休を付与するために非番日の他の職員の勤務変更を行うことはなかったのである。

9 このような状況のもと、柳澤課長は、本件年休請求に対し、これを認めると、当日の業務の正常な運営に支障を生ずると判断し、本件時季変更を行ったものである。

よって、本件時期変更は、適法かつ有効であり、これを無視して、同月一一日に欠勤した原告に対して行った本件訓告処分及び本件賃金カットも有効である。

(本件時季変更は信義に反さないし、権利の濫用に当たらないこと)

10(一) 中西課長代理は、本件年休請求に対し、年休付与の可否に関して何ら発言をしていないし、ましてや、原告に対し、時季変更権を行使しない旨の発言などしていない。

(二) 柳澤課長は、原告に対し、職員配置上原告に年休を付与できない理由を述べた上、請求どおりの時季に年休を付与できない旨通知していることは前述のとおりである。

(三) 柳澤課長は、本件時季変更権を行使する旨通知した上で、原告が休暇を必要とする事情いかんによっては、社会通念に照らして本件年休請求を認めざるを得ないこともあり得ることから、この点を考慮して原告に対し、そのような理由があるか否かを確認したものであり、相当な措置である。

(四) 通配担務、混合担務とも、非常勤職員による代替は不可能であり、本務者についても、通配担務においては班を越える形では応援を行っておらず、混合担務においても要員配置の計画段階で、あらかじめ混合配置区を欠区とし、それの代行をする要員を他班から補充(応援)することは行っていない。また、突発欠務や年休を付与できない状況にあるとはいえ、社会通念上特別の理由から休暇を付与したため、必要配置人員を欠くこととなった場合等に管理職員が実務作業に携わることはまれにあるが、要員配置の計画段階から、管理職員が配達業務を行うことを前提に、本務者の年休を付与するとの方法は、通常行っていないとともに、管理職員の本来の業務を阻害することになり適切でない。

(五) 柳澤課長は、前述のように代替要員の確保について誠実に検討した。

四  主たる争点

1  本件時季変更は、その要件を欠き無効かどうか。

2  本件時季変更は、信義に反し、権利の濫用に当たるかどうか。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四判断

一  本件の事実経過について

前記争いのない事実に証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件年休請求当時、吹田千里局第二集配課には、課長以下五九名の本務職員が配置され、第六班から第一〇班まで五つの班が設置されていた。各班の受持配達区(通常配達区)数と人員は、第六班六区一一名、第七班六区一一名、第八班六区一一名、第九班七区一一名、第一〇班六区一一名であった。第二集配課の業務は、郵便課が各配達区ごとに区分した普通通常郵便物を、あらかじめ指定されたその日の各配達区の担当職員が、更に細かく区分し、配達順路に従って並べ(道順組立作業)、書留通常郵便物と一緒に配達する業務(通配業務)と、主として速達郵便物を配達する業務(混合業務)とがあった。この混合業務には、速達一号便(午前中に出発)を担当する日勤(午前八時から午後四時四五分まで勤務)と、速達二号便及び速達三号便(いずれも午後に出発)を担当する中1勤務(午前一〇時三〇分から午後七時一五分まで勤務)とがあり、中1勤務は、第五区から第八区までの四区があって、第六班ないし第一〇班の五班でこれを受け持っていた。

また、吹田千里局第二集配課には、前記五九名の本務職員以外に非常勤職員も二二名配置されていた。本件年休請求当時、右非常勤職員は、混合業務の一部や各区の配達業務の処理が可能な者(以下「調整要員」という。)六名、各区の通配業務の一部のみ処理が可能な者(以下「通配要員」という。)一三名、これら以外の職員(以下「その他の非常勤職員」という。)三名であった。このうち、通配要員六名とその他の非常勤職員三名は、各班に固定的に配置され、第一〇班には、通配要員二名とその他の非常勤職員一名が配置されていた。これに対し、調整要員は、各班に固定的に配置するのではなく、その日の業務状況に応じて通配業務ないし混合業務に配置されていた。

2  本件年休請求当時、吹田千里局第二集配課では、業務の正常な運行を確保するため、各班の日々の要員配置を以下のようにして行っていた。まず、各班の受持区域である通常配達区及び中1勤務の混合区に各一名の本務職員を配置し、次に、日々の配達物数を念頭に予想される業務量の増減に応じて、各班の各通常配達区の配達が可能な非常勤職員及び混合業務の処理が可能な非常勤職員を増配置していた。そして、平成六年八月一一日の第一〇班のように、通常配達区六区と混合区一区を担当する場合、七名の本務職員と二名の非常勤職員を配置していた。

3  もっとも、以上のような形で職員の配置を行っていても、当日何らかの理由で要員が不足し、欠区が生じることもあったが、その場合でも、郵便業務に従事する職員は、担当する配達区域に精通していなければならないことから、他の班からの応援を得て要員不足を補うことは困難で、班内の職員による差し繰りや超過勤務などによって要員不足を補っていた。また、各班に割り当てられる混合区の業務は、計画段階では、本務職員が配置されているが、実際には、非常勤職員で賄うことが多く、本務職員が担当することは少なかった。

4  平成六年八月一一日の第一〇班の担当は、通常配達区六区と中1勤務の混合区一区であり、原告は、通常配達区の一〇二区に担務指定されていた。同月三日、混合区を担当する予定であった寺片が、同月一一日に時季指定した年休請求を行って認められたことから、本件年休請求時点では、第一〇班の本務職員一一名中、二名が非番で、二名に年休が付与されていて、第一〇班に固定的に配置されていた非常勤職員三名のうち一名(通配要員)も、八月一一日休暇を取得していた。また、八月一一日は、お盆前の夏期休暇時季(ママ)であったことから、他の班でも要員の配置が必要最低限となっていて、非常勤職員も、二二名中通配要員三名、調整要員一名、その他の非常勤職員一名が休暇を取得していた。

5  以上のような状況の下、原告から本件年休請求を受けた中西課長代理は、原告の請求を認めると、通常配達区六区及び混合区一区を担当するに必要な最低配置人員七名を欠くことから、本件年休請求を認めることは困難との意見を述べて、柳澤課長に本件年休請求書を渡した。平成六年八月一一日に第二集配課が扱う郵便物数は、平常物数である五万四一〇〇通程度と予想されたことから、柳澤課長は、本件年休請求につき、中西課長代理及び大野班長と協議した結果、本件年休請求を認めると、八月一一日の第一〇班の最低配置人員七名を欠くことになり、また、非常勤職員による代替も困難であると判断した。そこで、柳澤課長は、平成六年八月九日午前八時三〇分ころ、原告に対し、要員配置上本件年休請求を認めることが困難であることを説明し、日を変えるように本件時季変更を行った。これに対し、原告は、「無理ですわ」と述べて、右時季変更に応じず、その後、柳澤課長と原告の間でやりとりがなされたが、結局、原告の受け容れるところとはならなかった。そこで、柳澤課長は、改めて話をすることとして一旦話を打ち切った。そして、原告の勤務指定を調べたところ、同月一〇日は非番日になっていたので、当日中に本件年休請求の取扱を決着しなければならないと考えた。

同日午後一時二〇分ころ、柳澤課長は、再度原告を呼んで、原告に本件時季変更を通知するとともに、原告が休暇を必要としている事情いかんによっては、社会通念に照らして本件年休請求を認めざるを得ない場合もあることをおもんばかって、本件年休請求の理由を尋ねたが、原告は、理由を言う必要がない旨答えるのみで、その理由を言わなかった。

6  柳澤課長は、原告の態度から、原告が八月一一日欠勤するのではないかと考え、翌一〇日、八月一一日非番日であった大野班長に事情を説明して、一一日の出勤を要請し、大野班長の了解を得た。そして、翌一一日午前八時ころ、柳澤課長は、原告が出勤していないことを確認し、同日午前八時三〇分すぎ、原告宅に出勤を命じる旨のレタックスを発したが、原告はその日実家に帰省していたため出勤しなかった。その日の第一〇班の業務は、大野を含めた職員で担当し、午後三時半ころ終了し、滞留も生じなかった。

二  主たる争点1について

1  右認定の事実によると、本件年休請求当時、吹田千里局第二集配課では、各班の受持区域である通常配達区及び中1勤務の混合区一区をそれぞれ担当する本務職員を配置し、さらに、非常勤職員を数名配置することによって、業務の正常な運行を確保する体勢(ママ)を採っており、第一〇班には、本務職員一一名、非常勤職員三名が固定的に配置されていたが、平成六年八月一一日に第一〇班が担当する区の配置要員としては、最低七名の本務職員が必要であるところ、本件年休請求のあった平成六年八月九日時点では、第一〇班の本務職員一一名中、四名が非番あるいは年休を取得し、非常勤職員三名のうち一名も休暇を取得していたため、本件年休請求を認めると、同月一一日の第一〇班の最低配置要員である七名を割り六名となって、欠区が生じることは明らかであり、また、夏期休暇中で、お盆前である同日は、他の班でも要員の配置が必要最低限となっていて、非常勤職員による代替も困難な状況にあったことが認められるなど、前記認定の事実を総合すると、本件年休請求を認めることは、第二集配課の業務の正常な運営に支障を生じるおそれがあったというべきである。

もっとも、原告は、最低配置人員が七名要するのは、速達三号便を担当した場合であり、そうでない限り通常配達区に対応する本務者六名の出勤が確保されれば足りる旨主張するが、同月一一日の第一〇班は、中1勤務の混合区、すなわち速達三号便(原告も自認する。)を担当することになっていたのであるから、同日は、最低配置人員が七名必要であったことは明らかである。

2  原告は、〈1〉第一〇班には三名の非常勤職員が配置されていたのであるから、要員配置に際して、非常勤職員の存在も考慮すべきである、〈2〉欠区を生じることについて、第一〇班はもとより他の班においても、速達担当者を含めた配達担当職員が最低配置人員を下回ることは珍しくなかった、〈3〉職員が配達を行う場合、担当が特定の区に限定されているものではなく、午前と午後とで別の区の配達を行うこともしばしばあるなど、配達の「区」は実際には有名無実化していて、欠区が生じるということは現実にはあり得ない、〈4〉八月一一日はお盆前で平常よりも配達郵便物数は少ないと予想されていた、〈5〉最低配置人員を割っても、ア 速達(混合)の日勤勤務が予定されていた北川に通常配達に担務変更し、本務者六名で通常配達区を担当し、速達の中勤については、非常勤職員、管理職の欠務補充又は他班の職員による代替勤務を確保する、イ 代替要員の確保ができなくても、右北川に速達の中勤を担当させ、通常配達区のうち一〇二区を欠区として、一〇四区担当の小川を除く四名の本務者で昼から一〇二区を手分けして配達することにより、本件年休請求を認めても何ら業務の正常な運営に支障を生じることはなかった旨主張し、(人証略)及び原告は、右主張に沿う供述をする。

しかし、〈1〉については、前記認定のように、本件時季変更は、非常勤職員の存在をも考慮した上なされたものであるし、〈2〉については、吹田千里局第二集配課においては、計画段階で最低配置人員を割る人員配置は行っていないが、当日になって突発的に勤務できなくなったなどの理由で、結果的に要員不足を生じることがあることをうかがうことはできる(〈証拠・人証略〉)が、それをもって計画段階から欠区を前提とした要員配置を是認することとはならないし、〈3〉については、担務指定をする際、担当配達区を指定していることは前記認定の事実からも明らかであるし、仮に、原告主張のように、当日の状況により他の区を援助するようなことが行われたとしても、それをもって計画段階から区を指定しないような担務指定がなされることを正当化するものではない、さらに〈4〉については、八月一一日の配達郵便物数が平常よりも少ないと予想されていたと認めるに足る証拠はなく、〈5〉アについては、非常勤職員を速達の中勤に配置することは、超過勤務を当初計画から予定することとなるし、非常勤職員に現金書留郵便を配達させないこととしていたことから、不適切であること、管理職の欠務補充を当初計画から予定することは、管理職の職務内容等に徴すると、適切でないこと、さらに、他班の職員による代替勤務の確保は、通区の上で問題があることに加え、従前第二集配課においては、計画段階から他班の応援を予定することはなかったこと(〈証拠・人証略〉、弁論の全趣旨)などの事情を総合すると、右の方法による人員確保は相当でないし、〈5〉イについては、当初計画から通常配達区のうち一〇二区を欠区とすることは、通常の配達業務の運行としては好ましいことでなく、この点においてまず相当でなく、さらに、一〇四区担当の小川を除く四名の本務者で昼から一〇二区を手分けして配達するという点についても、当日の各区の業務量により何らの問題なく遂行できるか不明であるとしなければならないことに徴すると、右の方法も相当なものということはできない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

3  よって、本件時季変更は適法である。

三  主たる争点2について

1  原告の主張3(一)について

原告は、中西課長代理が「何とかなる。」と答えた旨の供述をするが、右供述は、証拠(〈証拠・人証略〉)に徴し採用し難く、また、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によると、中西課長代理は、就業規則上も勤務時間規程上も、年休を付与する権限を有する「所属長」に当たらないのであるから、中西課長代理がそのような発言をしたことをもって時季変更権を行使しない旨の発言とはいうことはできない。

2  同3(二)、(三)について

柳澤課長は、本件年休請求に対し、中西課長代理及び大野班長と要員配置の検討をした上、原告に対し、要員配置上これを認めることが困難であることを告げたことは前記認定のとおりであり、また、同課長が原告に対し、年休取得の理由を聞いた趣旨が、原告が休暇を必要としている事情いかんによっては、社会通念に照らして本件年休請求を認めざるを得ない場合もあることをおもんば(ママ)かってのことであることは前記認定のとおりであり、同課長の右のような措置には何ら責められるところはなく、むしろ円滑な業務の運行と年休付与の調整のためには妥当なことであるということができる。

3  同3(四)について

同主張が理由のないことは、前記認定説示のとおりである。

4  よって、本件時季変更をもって権利の濫用であるとの原告の主張は採用できない。

四  以上の次第で、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 末吉幹和 裁判官 井上泰人)

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